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2017年6月のまとめ
どんなに可愛くても所詮魚類だったじんべえさんがくじら連れてきましたよ…

くそうあざとい…可愛い……


牛乳かんをおやつにするのがブーム。

簡単だし涼しくなるし美味いし食物繊維たっぷりだし最高だな!


帰るの遅くなったのにハンバーグ作り出してご飯の時間が遅くなって就寝時間が遅くなってく…ってのがデフォルトになっててね…
そういう要領が悪いんだけど(手際も悪いが)
行列相談所観てからジャーマンステーキが食べたくてしょーがなかったから仕方ない。


レシピとかわからんから完全にイメージで作ったんだけど凄い美味しかった〜大満足!
普通に合挽き肉使って、でも衣つけて両面焼いた後オーブンで焼いたら作るの1時間以上かかった\(^^)/
外側サクサクで旨かった〜こんなに手間かけたのに食べるの20分だけどね!!
ハンバーグ自体は低糖質だけどコーンつけたり衣つけたりしてるから実質ヘルシーではない。一番は食べる時間帯だけどな!

帰るの遅くなった日はてきとーにやって翌日がんばろ…とか思うんだけどね、こういうエプロン新調したらテンション上がってよっしゃ料理したろってなりますよね…



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アマゾンのFireTVが不調で困ってたら、結構夜遅い時間でもチャットで即対応してくれた…凄い時代だ…!!
しかし友達とのだべり以外のチャットをいつぶり?くらいにしたら、本当に自分のコミュ力っていうか対話力の低下に禿げそうになるね/(^o^)\

家電はじめ通信機器は初期不良とか使っててすぐ壊れるとか昔からよくあるんだけど、私が静電気だか変な電波だか出す体質だからっていうのが家族の共通の認識なので不良品に対するストレスがあまり溜まらないのはいいことだなと(遠い目)



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初旬はでふるさとから親友が来てくれて、土日で遊んだよ〜ほんと楽しかった…!!
弾丸だったけどうちに泊まってもらった。招待出来てよかった!
ていうか沖縄からはるばる飛行機つかって来てくれたのに、普通にご飯食べて映画観てカラオケ行って喫茶店でお喋りっていう、普通に隣町の友達との週末みたいな過ごし方させてもらってほんと幸せでした(´;ω;`)

美女と野獣観たよ!とっても面白かった…心が洗われた…
そりゃアニメの方がチップとか可愛らしいさ!とは思うけどね。それにしてもエマが麗しすぎたし色彩も音楽も美しかったし、演出とかも原作への愛とリスペクトを物凄く感じた。
ラストでベルが王子をあの野獣だと判断するシーンとかは、実写ならではの演出よね。こういうとこだよ日本が実写で出来ないのはさぁ!(爽)

去年末から抱えていた澱や今年に入って発覚した自分の心身のこと、真摯に聞いてもらえてとても救われた。
昔の自分を覚えていてくれて、それごと受け止めて肯定してくれることで本当に命すら拾ってもらった気持ちになるよ…


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最近ほんとふるさとの友達が来てくれる!バリキャリの友達が大阪で研修ってことで、前乗りするってことで奈良で会ってきました







奈良はいつも奈良まちから東大寺方面ばかり行ってたんだけど、今回もそこ方面も回ったんだけど初めて法隆寺まで行ってね。素晴らしかった…ほんと奈良すき(´;ω;`)
平日で全然人いなくて、法隆寺閑散としててよかった。本殿が改修中だったけどorz
鐘が鳴ったときの感動ったら無かったよ…!!!!222年の時を経て正岡子規と同じ鐘の音を聞いているのか!!!ってさ!!
しかし法隆寺自体は1400年以上前のものなわけで…こういうものを大事に残していかねばって考えが根付いてて、それに携わる人たちが居続けているのは凄いことだよなぁ。


車でほんの20分くらいの距離だったのに奈良から大阪シティに入った瞬間の変わりよう凄かった。

デセールショコラだって!都会はおしゃれで美味しいものなんでもあるね!!

空中庭園も行ってきたぞー。古都からの都市、移ろいように目眩がするよ…



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舞城王太郎の「煙か土か食い物」で、人は死んだら焼かれて煙になるか、埋められて土になるか、最悪獣の食い物になるしかない…っていう嘆きに対して「人は死んだら誰かの思い出になるのよ」っていう言葉があってね、それをとても噛み締めている。
あなたが生きている・生きていく理由や意味はあって、誰かはちゃんと知っている。あなたが知らないだけよ、っていう、とても優しく背中を撫でてくれるような言葉があるんだけど、とても好きなんだけど。
でも知ってたって、それを直接的に与えることや代わってやることは出来なくて、結局本人が気付いてくれるのを祈るしかない。ひたすらその人の未来を祈るくらいしか出来ないのがとても無力だわー祈りは無力だわーって 思うんだけど。
自分しか知らない人がいなくなったとき、その人との時間や出来事ってどこに行ってしまうんだろう…と思うと難しい。意識的にも無意識的にも、心を預けあっているって本当に大事なんだなとずっと引っかかっている。


…って感じのことを去年の6月の自分が零していて。
今これ書いてるのが2018年9月なんだけど、前と同じ気持ちではないんだけど、それでも未だに答えは出ない。
去年や昨日でなく、明日や明後日や来年を、そのときに傍に居る人を、或いは傍に感じている人を。それを自分に繋げている自分自身を。大事にして生きていかねばならないのだけど。
カテゴリ:どこか日常的 | 16:22 | - | -