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言葉は無力でした
私A×BでもA+BでもいっそB×Aでも全て「AB」って表記するの、いい加減やめたほうが良いと思ってるんだけど。

こういうざっくりしたのって今や一般的じゃないというか、地雷持ちの方には非常に迷惑をおかけする可能性があるのかもしれないけど。でも私の中で「A×B」と「AB」は全然違うんだよな〜
あ、『「A×B」と「AB」は全然違う』じゃないのか、「A×B」という表記では言い表わせられないというか足りない、の方が近いのかな。

しかし例えば鳴ひよ前提のカノひよとか香ひよ、って言い方するわけですよ
それ結構普通じゃね?とか思いつつ、螺旋界だから受け入れられてることって多いのかもしれない…と。懐の深い郷で自分が普通だと思わせてもらえてただけのことって多いのかもしれない。



というどうでもいい話。






ありがとうございますの返しって「とんでもないです」がセオリーなのかな?
すみませんに対してなら分かるんだが……その言葉受け取りません的な、相手の言葉を否定する意味合いな感じがして、お礼を拒絶されてる気がしてちょっと苦手だったりする。考えすぎかもだけど。

とんでもないです、よりは恐れいります、の方が良い気がするんだけど(´・ω・`)
なんか「とんでもございません」は誤用ですよとかいうのは教えてくれても、○○っていう言葉や姿勢に対して正しい返しはこうよ、っていうのはあんまり教えてもらえないのよな…常識って難しい。





という何ともならない話。




USJのCM見て毎回思うんだけど、子どもが悲しいや痛い以外で泣くようになるのって何歳くらいからなんだろう。
嬉し泣きというのも違う。美しいものを見たり聴いたりして感動して鳥肌立ったり涙腺が緩んだりするのっていつくらいからなんだろうか。
第二次性徴期くらいからか? ある意味での色即是空を無意識にでも理解していく頃かしら。
こういう美しいものは常にあるものじゃないって分かる頃というか…


あと音楽でいえば聴く側じゃなくて演奏する側が鳥肌立ったり涙が出るのがどうしてだろうっていうのが凄く興味深くてね、歌う人もだと思うんだけど

仲間と作り上げる感動とか音の美しさや詞や曲の意味を超えたところにある「何か」としか言いようがないものに、音を発する側だけが触れられるこれって何だろうってずっと考えてるんだけど20年答えが出ない。



言葉にならなかったり答えが出なかったりするものが多いこと。
言葉や答えにして落ち着かせることをしないと消えていくだけのような気がして焦るんだけど。

それもまた空即是色なのかしら。
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