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それでも意味はあるかい どう思う?
夜中にあらぶってTLを汚していたのですが、せっかくなのでここにまとめておく。

以前からちょくちょくその論議(?)はあったんだけど、感想に関して。
商業ものでなく、同人活動におけるもの……これ範囲も難しいんだよなぁ、紙媒体になった本と読者か、もしくはWEB上のサイト管理者と閲覧者か。同じようでいて微妙に違うし。

今回の話題になったのはこれ↓
『同人ちゃんねる:普段感想も寄越さないくせにこっちから何かしてやる義理なんてない』

この一つの案件においても論点は人それぞれ生まれてしまうと思うんですが。
実際これに関してTLの皆さんが持っていた意見が面白いくらい人それぞれで、なんていうかツイッターって凄いと思うのはこういうとき。ブログに引きこもってたらよくも悪くも井蛙なのよね…

しかしまぁこれはもうこの元神とされている作り手さんが極端なので何とも言い難いんですが。
前も言ったけど感想が欲しい嬉しいって気持ちはとてもよく分かるわけです
でも「本が欲しい」ってとてつもない愛の言葉だと私は思うんだけどそれすらも公共の場で口汚く罵ってしまうような人だとその感想ひとつひとつにも自分の意にそぐわないものであるかどうかで突っ込んできそうではある。
自分自身でもどういった感想が欲しいっていうのは誰にも少なからずあるとは思うんだけどね、そんなの完全にエゴだものね…

楽曲語りのときによく言ってたんだけど、作り手は作り手の想いがあってのものなのは勿論だけど、聞き手読み手がどう受け取るかは一切関係無いと思うのです 受け取りたいように受け取るだろうし何も強制出来ない。
ファンならばその作り手に寄り添ってその伝えたがってるものを十二分に受け取りたい!ってアンテナの感度を強にしてくれるんだろうけど、そうじゃない人ましてや商業でもない同人でそこまでする義務が一体どこにって話よね。

受け取ってもらえなかったな…とか本当はそうじゃないのに…ってしょんぼりすることがあったとしてもそれはそれだし、読んでもらえるだけで嬉しいし感想もらえるだけで嬉しい。
そして反応ならば全部等しく嬉しいかって言うと、嬉しいのは前提だとしてもやっぱり時間を気持ちをかけてくれたんだなぁ…って感じ取れるものが更に嬉しいって風に差が出来るのは仕方ないと思っている。

だってどんなに想っても一生懸命長文で感想の文をメールにしてくれた人に対して横から「何も送らなかったけど私の方がその人より深く感動したし好きです!!」って言ったとしてもこれはもう単純に書き手には伝わってないと思うの…
『感想や応援を目に見える形でしてくれる読者〉〉〉越えられない壁〉〉〉無反応の読者』ってのは私はとても納得も理解も出来る。

サイト活動してて掲示板やら拍手やらメルフォやら色々あったけど、一番好きだったのは掲示板なんだけど、今の時代にそぐわないね…。
昔の掲示板読み返すと、みなさん本当しっかり文章考えて「私からあなたへ」で伝えてくれるのがさぁあのときはそれが当たり前だったんだろうけど、今みるとほろりと来るくらい感動するの(´;ω;`)
一方的でなく繋がってる感がとても好きだから、掲示板や日記での愛投げ合いが好きなんだけどこれはマイノリティだとは思っている。この齟齬が自称コミュ障を生んでいくのか…

とまてぃと色々話したんだけど、好意の示し方によって差が出るかというと、私としては無反応はそもそも知ることが出来ないっていう単純な流れになる…カウンタ2回って、一人が感想くれたらその一人の方に私は懐いてしまうんだけども…。
拍手でメッセージが2つあって、どれも嬉しいのは前提だとしても名乗ってくれた方を覚えてしまうのは当然かなって。
匿名でメッセージ送ったことあるって言われても、そりゃあ嬉しいけどこの人はどんなものをどんな風に感じてどんな言葉でそれを表してくれたのかっていうのが分からないのは非常に悔しい気持ちになる…!そんな意味でも名乗って欲しいんだよね、村人Aですとかでもいいから「この人」っていうのが欲しい。
まぁ拍手ボタン押してくれて更に感想まで述べてくれる時点で有り難や有り難やなのは変わらないから、その形がその人の最も心地よい形ならばそれでいいと思うんですが...


私も文章を書くときワンフレーズに力を入れる型なので(これでもそうなの…)このフレーズが良かった、って取り上げて感想もらえるのはもう飛び上がるほど嬉しくてね だから同じような感じで言葉選びをされる方にはそれを示すよう努めている。
んでそんな書き手の想い、真意を汲み取りたいから感想はじっくりとっていう気持ちもとても分かるんだけど、神の真意を知ろうなど恐れ多い…って思いもありましてとりあえず自分の「神よ!ここであなたの福音受け取りましたありがとうございます!」って五体投地する姿を見て欲しいと言いますか…^▽^^
時間かけると書き手さんの情熱が風化してしまいそうなら鮮度優先!みたいな?って考えるともう普段の日記のスタンスだよなと見つけました。
自分の日々に向かうスタンスや性格と同じようなものなのかしらね。



そんなこんなで、感想についてうだうだ考える余裕があるのは、たぶん前ほど創作の頻度が高くないからなんだろうなと思います。
前は感想もらえるのは嬉しかったとしても、それと自分の書きたいものを書く!って情熱は全く別物で書きまくってたからな。
こんなんだから前の作品について触れていただけるのも物凄く嬉しいんだけど、感動の鮮度ってとても大事よねとイベントでサークルさんの新刊とかを買い漁る度に思う。
今のその書き手さんが熱い想いを凝縮した本に今感想を述べずにどうする!!と思っていながら、どう言おうか感想文をうだうだ練ってる間にぐだぐだになって結局それを送らず後悔することが何度あったか…orz
私がその作品を何度ページがよれるほど読んだかとか考察を練っていっそその作品のイメージSS書きましたとかまで愛を募らせていても伝えなかったら書き手さんにとっては無なのよな………



つまるところ私は感想を述べるのは自分のためでしかないという結論に至ります。
旅レポと同じ感覚。
その作品に触れた記念であり、その作品や書き手に出会えたからこそ生まれた自分の感情を言葉として残しておきたいという思いなので、結局は自分のためなのである
どうせなら喜んでもらいたいとも思うから、自分なりに言葉を尽くしてきたつもりではあるんだけど、こうやってTLで沸き起こった「自分ならこういう感想を」ってのを聞いてると自分が嬉しいような感想を送れば喜んでもらえるってのは大きな勘違いだということに気付いてこの10年以上の自分を振り返ってオーアールゼットしております


温度差も、考え方や伝え方受け取り方のすれ違いも。それぞれあって当たり前だし、嬉しいこともがっかりすることも残念なこともあるけど。それで別にいいじゃんそういうものじゃね?って思ってるのは長い付き合いのお友達となんだかんだで15年続いてるサイトがあるからなのかなぁと。
諦めとか突き放す意味じゃなくて、そんなん当たり前じゃんって。

しかし掲示板や拍手やメルフォメールや日記やバトンやらでの交流を知ってるっていうのはとても幸せなことだな〜、ついっただけならば絶対WEB上でここまで存続出来なかったわ………




そして今回一連の感想云々の話は書き手と読み手の数だけ考え方が存在するんだしってことで、完全に私の話をさせていただいたので悪しからず…
私は感想だけじゃなくて言葉を使う色んなことに関して「どう伝える」を昔から最も重要視するスタンスなので、そっちの方に傾いてるのは自覚済です。

しかし現在よく関わらせてもらってる方々は「想いを込める」に魂を注ぐタイプが多いように思ってて、それがどれくらい素敵かっていうのも知っているから必ずしも出すことが全てじゃないとも思う...ってこれ何目線ですかねすみません^▽^^

そもそも作品作るのも自己満足だしそれについて感想述べるのも自己満足なんだから、作品作ってそれに感想貰えるのもあらやだ嬉しいサプライズ!だし感想述べて書き手が喜んでくれるのもなんと恐れ多い光栄の至り!でそれぞれ棚ぼたなんですよ…


自分が書きたいものを書くのも、人の妄想が自分の嗜好と合致してそれを読み漁るのも、別に誰かを喜ばせたいって使命とかいう大それたものじゃないんだしね。それで商売してるわけでもないんだし。
ただ、好きな書き手さんに感想を述べてそれを「原動力です!」と喜んでもらえて、それが積み重なってその人と仲良くなれるっていうのはとてもよくある話で。
でもこれってどっちかといえば掲示板・メールとか拍手時代よな。
ついったや支部が主流になっている現在、読む側としても書き手の人となりなんか見えなくても作品は溢れてるし、書き手も閲覧数って数字だけ見てると自分は書きたいものを創作してるって感じじゃなくて「提供してる」みたいな勘違いが起こったりするのかな…?うーんこれは極端だろうけど。思うと寂しくなるわ…




なんか色々語彙やら日本語力やら迷子のままグダグダしまくって申し訳ない/(^o^)\とことん私はついったじゃなくてブログ人間だな…(精度とは)
とにかく自分が物事に対して抱いている想いやスタンスを他の人に求めるのはいっそ悪なんだなと。
もっと自由になってもいいような気もするんだけどなー しかしこうやって考察してる気になってる行為こそが色んなものごとを息苦しくさせるのもあるだろうし(´・ω・`)
好きな人に好きって言いたい、どうせ言うなら言葉を尽くしたいそれで喜んでもらえるなら…の延長線はかくも枝分かれしていたか………
やはり自分自身が言葉を尽くすスタンスはそのままであったとしても、沈黙は金っていうのは真理だな。





じゅげつさんが仰ってたけど、確かに、今ならばフォロワーさんのイメージSSもちょっとずつ違ったものを書けそうだなと最近。
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